甲信御岳参詣道の復活⑥-東口の金櫻神社 

研究室のある甲府もこの週末は良い天気でした。
1日は原稿書き、1日は外出をしていましたが、気が付くと明日(10月3日)から始まる講義の準備が完了していません。

今日の南アルプス(方面)の様子はコチラ↓ 天気下り坂です。
20171002風景

さて、この週末の外出は、御岳参詣道東口に鎮座する金櫻神社をめぐることにしました。天気に誘われて、自転車で出かけたのですが、あら大変な強行軍になってしまいました。

参拝した順に記録しておきましょう。

杣口金櫻神社(山梨市牧丘町杣口)
ご祭神:大国主命、少彦名命
ご由来:金峰山の里宮ともいわれていますが、金峰山に行く前に「奥社地」(高原という地名だそうです。旧社地のこと?現地未確認)があるとの地図もあります。このお社は金峰山と富士御坂道を結んだ線上にあり、南北朝のころには山伏がさかんに通った道といわれています。

牧丘町窪平から県道2019号線を柳平方面に上ってゆくと、立派な赤鳥居(一の鳥居?)が見えてきます。
杣口1
赤鳥居をくぐった後も、結構な坂道の登ってゆき、いよいよ二の鳥居の前に到着です。
杣口2
境内は、米沢山雲峰寺(無住)の山手にあります。
杣口3

非常に清々しい印象です。社地も人の手を離れて、神仏の住まうお山に還りつつあるのかもしれません。

万力金櫻神社(山梨市万力)
ご祭神:掲示なし
ご由来:織田信長の甲州攻めの際に一度破却されており、詳しいことは分からないようだか、古棟札に源頼朝の発願によったことが記されている。ここも御岳参詣道東口の万力ルートの入口にあたる部分となっている。

森の入口にきれいな鳥居がありました。
万力1
鳥居をくぐり山道のような参道を登ってゆくと、随身門がありました。
万力2
お寺の山門の転用かもしれません。かつて、延命寺という神宮寺があったようですが、その後退転されて甲府市東光寺の誓願寺になっているとのことです。
門をくぐると拝殿が正面にあります。
万力3
歌に回るとけっこう大きなお社であることがわかります。右手の建物は拝殿、本殿は木に隠れて見えませんが、右端です。
万力4

人里近くの神社でもあり、いまだに付近の住民の信仰が篤いことが分かる。その意味では、生きている神社なのでしょう。

[ここに地図をいれます-作成中]

この二社に、御岳の金櫻神社を合わせた三社は、山梨のパワ-スポットとして取り上げられることがあります。
庵主自身はパワースポットとかで騒ぐことはあまり好きではないのですが、参詣道の復活を考え、参詣の方が増えるなら、そういう宣伝もあるだろうなと思っています。


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おまけ
実は、杣口と万力の二社以外に東口方面にはもう一社、金櫻神社があります。山梨市歌田に鎮座する金櫻神社です。
果樹園の間にある鳥居をくぐって社殿に向かいます。
歌田1
手入れの行き届いた境内です。
歌田2

歌田の金櫻神社は、社伝を見ても金峰山のことは出ていません。また、金櫻の由来も、もともと秋櫻であったところ、秋は五行配当で金にあたるためとされています。さらに、神紋も杣口の金櫻神社と万力の金櫻神社は、「〇の中に金」でしたが、歌田金櫻神社では武田菱となっています。

甲信御岳参詣道の復活では、歌田の金櫻神社は関係がないようです。

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Posted on 2017/10/02 Mon. 14:01 [edit]

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