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義民・島田富重郎の墓所に行き当たりました 

センター試験を週末に控え、何かと落ち着かない大学です。
先週末には雪が積もったものの、その後は晴天が続いております。週末に雪予報が出ていないことが、山梨県内の受験生にとっても、運営する側にとっても何よりです。

今朝の南アルプスの様子はコチラ↓ 快晴です。
20170111風景

先週末の雪が降る前に、大学の裏山を散策してきました。
コースは、積翠寺バス停→要害山(要害山城跡)→深草観音→石堂峠→鬼山→大蔵経寺山→JR石和温泉駅の約5時間コースでした。大蔵経寺山の山の由来は、平地に下ったところに大蔵経寺というお寺があることです。この大蔵経寺には、明治初年の「 大小切騒動 」において、その責任者のひとりとして処刑された島田富重郎のお墓があったので、ご挨拶をしてきました。

島田富重郎さんのお墓はコチラ↓ 香華を持っていないかったので、申し訳ありません。
島田富重郎

結構日本史好きの庵主なのですが、山梨に着任するまで、大小切騒動というのは聞いたことがありませんでした。

大小切騒動とは、現在の山梨県下の幕府直轄領で江戸時代以来行われていた「大小切」と呼ばれる金納を組み込んだ税制を、地租の全国統一と財源の確保を狙った明治政府が廃止したことに反対する農民たちによって、明治5年(1872年)8月に起きた強訴事件をいいます。

事件の概略は、wikipediaにも出ているので、割愛します。
wikipediaの該当記事はURL https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%B0%8F%E5%88%87%E9%A8%92%E5%8B%95

ちょっと個人メモとして、大小切という税制の詳細はさまざまだったようで、高島緑雄 「『大小切租法』起源の再検討 」駿台史学6号(1956年)77頁から江戸時代の税制の記述を抜き出しておきます。

「大小切租法」の基本形は、田畑貢租(本途見取共) の総額を三分し、その一を「小切」と称して金納、残額2/3を「大切」と云って古くは現物米納であったが、後に(この聞の年代は不明)現物米納の「大切」をさらに三分して、その一を「大切金納」と称し、御張紙直段をもつて金納せしめ、「大切」の残額2/3 を米納とした方式である。<中略> 3/9である小切金納および2/9の大切金納は、それぞれ一定の換算値をもつて金納される~ <中略> 時期による米価の騰貴、変動によつて換算値が変化することなく一定の値が保たれていたことを考えれば、農村内部に貢租の一部を金納化する条件が成立しているかぎりにおいて、この租法の有利性を推察し得る。


また、機会があれば、言及したいと思います。

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Posted on 2017/01/11 Wed. 16:33 [edit]

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