新年快楽! 今日は春節(旧正月)です。 

旧暦では今日から新年(旧正月)、暦の上では春になります。
そのせいか研究室のある甲府も穏やかな日和です。

今朝の研究室の窓からの風景はこちら↓
20140131風景

中華圏では新暦の正月より春節の方が重要な行事であり、また、帰省や旅行に出かける人も多いとされています。今年は訪日する中国人も増え、山梨県では富士山周辺のお宿も満室だそうです。
では、改めて・・・
新年快乐! 新年快樂!

春節期の中国人訪日客が増えるというのは、中国にある日本大使館での観光ビザの発給が大幅に増えたという形で報道されています。

例えば、あのMSN産経ニュースでも、共同通信の記事として次のように報じています。

中国が31日から迎える春節(旧正月)の長期休暇の期間中に、中国から日本を訪れる観光客数が大幅に回復する見通しだ。上海の日本総領事館が1月に発給した訪日ビザの件数が、同月として過去最高になった。東日本大震災や日中関係の悪化で落ち込んでいたものの、根強い日本人気が浮き彫りになった。

 上海の日本総領事館によると、1月のビザ発給件数は30日時点で約5万9千件となり、1月の最高だった約3万8千件(2011年)を大きく上回った。うち個人観光客は約1万9千件と、全ての月を通じた過去最高を更新した。団体観光客は約2万9千件。

 上海の総領事館は中国にある日本の大使館、総領事館の中で最もビザ発給件数が多い。在北京の日本大使館も、具体的なデータ集計は終わっていないが、明らかに回復しているとしている。(共同)


庵主の知人を含む中国人の富裕層や中間層の人たちは、「政治と観光(経済や仕事というワードが入ることもある)は別」、「北京(政府のこと)とは違う」とか日ごろから言っていますし、日本や安倍総理への好き嫌いは別としても、春節休暇に訪日して、買い物や観光を楽しむことに興味を持っています。

確かに昨年の春節は訪日しづらい雰囲気があったのかもしれませんが、少なくとも中国国内ではそれが緩んだのかもしれません。

日本の観光業界、家電業界などでは、中国人観光客の消費に期待しているようですし、一般人も大人の「おもてなし」精神を発揮することが将来へのタネを蒔くことにつながるでしょう。

春節と関係あるのかどうかわからないですが、山梨県では明日から観光振興条例に基づく「おもてなし週間」だそうで、今朝のJR甲府駅ではピンバッチとティッシュ、パンフレットなどを配布していました。ちなみに、山梨では春節祭りというイベントを毎年行っているそうです。

配布セットはコチラ↓ なぜ、コアラなんでしょう?
20140131駅の様子
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Posted on 2014/01/31 Fri. 09:53 [edit]

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地元の新聞社が来ます。 

今朝も寒さ厳しいですが、早めに登校しています。
今日は来客があるため研究室の掃除もしなければなりません。研究室は自分で掃除するものだ!というのは、大手企業から大学に移った人には少しカルチャー・ショックな部分です(特に大手企業で出世してから大学に移った人ならなおさら。庵主は出世していないので、ほぼ平気)。

今日中には、午前中に学生がゼミ相談に来ます。まあ、内部の人なので気にすることはないでしょう。

それより、午後一番に、山梨の地元紙・山梨日日新聞の記者の方がコメント取りに来られるので、その前には掃除をしておかないとと思っています。
コメントの対象は例の特定秘密保護法に関してとのことだそうです。以前記事にしたように、庵主は専門家ではないのでと申し上げましたが、それでも良いそうです。

コメント取りに関する今日の記事は、来訪後に追加ということで・・・(8:45投稿)
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先ほど、山梨日日新聞の方が帰られたところです(14:40投稿再開)。
特定秘密保護法のことと、その他の雑談も入れて、小一時間くらい話をしていました。

こんな感じで写真も撮られました↓
20140128山日

主たる話題は、こちらからも振った部分もあるのですが、次の2点です。
1)特定秘密保護法は一度白紙に戻して一から議論し直した方が良い
揉めながら決まったことは、将来問題が生じるおそれがあるとの経験則からの発言をしておきました。大事な法律と考えるのであれば、拙速を避け、一旦立ち止まって議論すべきものです。

2)特定秘密保護法は防衛関連産業を除いて、市民の経済活動に直接に影響あるとは考えていない
現時点では庵主の専門である民法などの世界に影響はないと考えています。ただし、特定秘密保護法を国家統制の象徴と考えると、今後市民や企業の経済活動に統制色が出てくるかもしれません。政府の企業への賃上げ要請などの報道を見ると、統制型の社会に親和感を抱いているようですし。

記事が出たら、載せたいと思います。

Posted on 2014/01/28 Tue. 08:48 [edit]

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富士山頂の県境確定問題は休戦に 

天気予報で昼から暖かくなると言っていましたが、研究室のある甲府では実感なかったです。

さて、今朝の朝日新聞朝刊社会面S13版に、富士山頂の県境確定について、山梨・静岡両県知事が県境を定めないと明言したとの記事が出ていました。

記事をそのまま引用してみましょう。

 世界文化遺産になった富士山で山梨、静岡両県の県境が定まっていない問題について、両県知事が県境を定めないことを明言した。22日に静岡県富士宮市であった富士山世界文化遺産協議会後の記者会見で答えた。
 山梨県の横内正明知事は「昔は両県が非常に仲が悪く、結論が出なかった。これからは今の状態のままで富士山の保全のために協力しながらやっていく」と説明。静岡県の川勝平太知事も「日本の国のシンボルとして認定され、仲良く一緒にやっていくことが共通の地盤」と話した。
 県境問題は、8合目から山頂の土地を所有する富士山本宮浅間大社(富士宮市)が土地を登記するため、地番を確定するよう静岡県知事に要望している。


富士山は両県にまたがっていますし、両県からよく見えているので、取り合いをしているんですね(相手方に対しては言いがかり、横恋慕という評価かも・・・)。

ちなみに、研究室のある梨大の校舎の4階から見た富士山はコチラ↓ 庵主の研究室からは見えません。
20140123富士山

富士山頂(8合目から上。以下同じです)が富士宮の浅間神社の所有地であることはよく知られています。
この点については、最高裁判所第三小法廷昭和49年4月9日判決があります。この訴訟は、浅間神社(原告)が東海財務局長(被告)の行った国有地の境内地譲与申請の一部不許可処分の取り消しを求めて、名古屋地裁に提訴した行政訴訟の上告審です。

この訴訟の内容を第1審である名古屋地裁判決(同地裁昭和37年3月27日判決)に基づいて紹介しましょう。

富士山頂は明治初年の寺社領の上地処分=国有化により、国有財産となる一方、国から無償で浅間神社に貸し付けられていました。第二次世界大戦後の新憲法により政教分離の観点から、これら国有化された寺社地(特に神社が問題でした)のうち一定の要件に該当するものを借主である寺社に譲与するとされましたが、富士山頂については、浅間神社が譲与を求めた122万坪のうち、奥宮社殿敷地、久須志神社社殿敷地、金明水・銀明水など1万7千坪しか認めませんでした。

主たる争点は、8合目より上の土地が国による譲与を定めた法令の要件のうち「社寺等の宗教活動を行うのに必要なもの」であるか否かでした。浅間神社側は、神体山の意義(8合目より上の山頂なのは神様が幽宮の要である旧噴火口の根底が8合目の水準にあると信じられているとのこと)、江戸時代中期の安永8年の寺社奉行からの裁許に遡った管理・支配の経緯などから、上記要件に該当すると主張しました。

結局、名古屋地裁、控訴審の名古屋高裁、そして最高裁も原告の主張の大部分を認める判決を下しました。そうして、富士山山頂は富士宮の浅間神社の所有であるということが法的に確定したわけです。

判決に関連して、留意する点をいくつか指摘しておきたいと思います。
1.この判決では、係争地=富士山山頂の所在について「静岡県富士山頂無番地」とされています。これは、財務局の管理上静岡県としていたための表示であって、静岡県であることを最高裁が認めたわけではないということです。もちろん、国の管理上静岡とされていた点は、静岡有利な事情となります。
2.浅間神社が登記をしたいのは、自らに所有権がある事実を公示し、第三者による権利侵害を防止するためです。所有権は少なくとも実質的な国との関係では確定しています。
3.所有権の帰属と県境は全く関係ありません。私たちが他県の土地を購入したからといって、県境が変更になるわけではありません。富士宮の浅間神社の所有という事実は、山梨・静岡論争には中立です。
4.無番地なので現在登記事項を記録すべき登記ファイルがない状態です。登記ファイルは住所・地番毎に作成されているので、県境不確定の状態なら今後も登記ファイルは作成できないことになります。


土地面積によって地方交付税などが変わってくるので、県境不確定は問題ではあるのですが、今のところ両県知事の“棚上げ論”(どっかの島がらみで聞いたころあるような?)を支持しましょう。

Posted on 2014/01/23 Thu. 16:11 [edit]

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大学教員の定年退職 

今朝の甲府は昨日よりは少し寒さが和らいだようです。

研究室の庵主は、昨日、早稲田大学大隈講堂で、庵主の企業時代からの知り合いであった早稲田大学法学部の先生(この方も元企業法務の方)の定年記念の最終講義を聴講してきました。

大隈講堂と最終講義の看板↓
20140120堀1
20140120堀2
早稲田大学では、庵主の知り合いの先生以外にも最終講義の看板があちらこちらに掲示されていたので、定年を迎えられる先生の最終講義が順次開かれているのでしょう。

大学教員の定年は各大学で決まっていて、国公立でだいたい63~65歳、私立大学で70歳くらいです。ただ、定年前でも、途中で雇用形態が変わることもあります。たとえば、ある私立大学では、65歳を過ぎると法的には1年契約になって、プロ野球の井端並みの給料大幅ダウンだったそうです。

定年の際に企業では送別会の嵐が吹き荒れますが、大学では大学特有のいくつかのイベント(行事)があります。その1つめが最終講義を大々的に行うというものです。今回も現役学生、かの先生の講義やゼミを受けたOB・OG、学内関係者、それに庵主のような学外知人や友人が聴講していました。

いくつかの最終講義を聞いた経験からすると、だいたい過去の研究の振り返りや現在気になっている学問的課題を語られることが多いようです。

どのような基準で最終講義が開催されるのか、庵主も今一つ分かっていないのですが、最終講義をしたある先生に聞くと一応は名誉なこととのことで、各大学で基準があるのかもしれません。この記事を書くにあたって、梨大でも調べてみようと思いましたが、あまりに規則が多すぎで、分かりませんでした・・・

最終講義以外には、法学系では定年記念の論文集の出版というものがあります。しかし、最近の出版不況でよほど高名な先生でない限り、出版されることはなくなり、通常は大学が定期的に発行する(通常は大学とは別組織の任意の研究団体が発行する)研究紀要という雑誌に特集号が組まれる程度になっています。
庵主もある先生の定年退職記念号として別の大学の研究紀要に投稿したことがあります。

また、一般の方も耳にするものとして、名誉教授の称号の授与というものがあります。
これも大学によって規則が決まっており(梨大の規則は発見できず・・・)、だいたい十数年以上の間、教授の職にあった場合に授与されています。名誉教授になると、①肩書きが死ぬまである、②大学によっては、名誉教授室(大部屋)があり、大学に寄っても休憩する場所がある、③大学によっては、定期的に宴会に呼んでくれる、などの特典があるようです。これも特典と考えるかどうかは人それぞれのようですが・・・

庵主はまだ定年までそこそこ時間があるので、気にせず目先のことだけ考えてゆきたいと思っています。

Posted on 2014/01/21 Tue. 09:06 [edit]

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センター試験初日は晴天ですin甲府 

今日はセンター試験なので、研究室の庵主も試験関連のお仕事があって朝早くから登校しています。
甲府は寒いので、最近は登校時間が遅くなっていましたが、今朝は久しぶりに研究室の窓から見える南アルプスに朝日があたっています。

研究室の窓から見える、朝日の当たる南アルプス↓
20140118風景2

最初の試験は9時過ぎから始まるので、キャンパス内はまだ静かです。
庵主も大学入試は自分が受験したとき以来(当時は、共通一次試験といいました。)なので、少し緊張しつつ、研究室に向かいました。

7時半頃の静かな大学↓
20140118風景1

今日明日トラブルなく過ごせますように。

Posted on 2014/01/18 Sat. 07:49 [edit]

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またまた特定秘密保護法について 

研究室の庵主は、少し寝坊して登校しています。甲府は曇っていますが、幸いにも雨も雪も降っていません。

日本人特有(?)の「のど元過ぎれば・・・」のように、既に過去の事件のように感じなくもないのですが、ここ数日、特定秘密保護法に動きがあったので、書いてみたいと思います。

今朝の朝刊各紙で、特定秘密保護法に基づく秘密指定の基準が妥当がどうかを審議する「情報保護諮問会議」のメンバーが決まったとの報道がありました。
メンバーで目を引くのは、読売新聞の渡辺恒雄氏を座長にすること、日弁連情報問題対策委員長の清水勉弁護士が選ばれたことででしょう。これを見ると、議論のある事項に関する有識者会議にこのようなメンバーを突っ込むとは、さすが政府だなとちょっと皮肉っぽく思ってしまいます。

一番影響を受けると思われる報道機関で、かつ、比較的(ここが大事。産経新聞じゃだめなんですね。)政府寄りと思われる読売新聞の大物・渡辺氏(ナベツネ、ですね。)を中心に据える一方、批判的な日弁連の委員も一応選んで、公正さを強調しているのでしょう。どこまでの議論をできるのか、冷静に見てゆく必要があると思います。

ところで、読売新聞に関し、同紙を購読している知人の大学教員からへーと思う話を聞きました。その知人によると、大学の同僚に読売新聞を購読していると言ったところ、大学教員は朝日新聞を読むんじゃないとと反応されたそうです。そう考える理由ははっきりしなかったのですが、こんな感覚があるのでしょうか。
ちなみに、庵主は朝日新聞(と日経新聞)を読んでいますが、これは関西に住んでいたその昔、読売新聞のスポーツ欄が読売ジャイアンツ贔屓の記事ばかりだったので、関西人としては面白くないということで、最初にセールスに来て、購読していた読売から朝日に変えた経緯があります。そのレベルだったので、先の大学教員購読紙=朝日新聞という見方に興味を持った次第です。

次に、庵主も賛同した「学者の会」の事務局から数日前にメールが来ました。その一部を抜き出すと、次のようになります。

 法案が可決されたことにより、今後は、この悪法を無効化する闘いが必要です。年が変わりましたが、一人でも多くの研究者に呼びかけ、一日も早く5千人の賛同者を集めて、より多くの報道を実現することが求められています。まわりの方々に一声、声をかけてくださるよう、是非ともお願いします。


先日、庵主と同じく賛同した公法系の研究者と話をすると、声明内容や運動方針には心なしか党派色がないとは言えず、全面的に賛同しているわけではないが、その違和感以上に法律の内容や運用に懸念を持っているという点で一致しました。

事務局からのお願いにどように対応するか、庵主として今後どう意見を表明するかは少し考えないといけません。

Posted on 2014/01/15 Wed. 11:08 [edit]

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大学入試の季節が本格化します 

研究室のある甲府も寒い日が続いています。
今日は庵主の大学でも、今週末に実施される大学入試センター試験の試験監督者等への説明会があるので、庵主もちゃんと登校しています。

私立大学の知人の先生たちは、昨年から各種の推薦入試などに忙殺されていると聞いていますが、大学入試センター試験をかわきりに学力試験入試がいよいよ本格化してきます。

ところで、今朝の朝日新聞天声人語も大学入試に関するものでした。
朝日新聞デジタル(http://www.asahi.com/paper/column.html )から引用してみましょう。

大学受験のときのことが大人になってからもときどき夢に出てきて、うなされるという人がいる。根が忘れっぽくできているのか、幸いそういう経験はない▼高校時代、合格体験記の類いをいくつか読んだ。勉強法を盗んでやろうというのではない。いまの自分と同じ立場にあった先輩の苦労をのぞいてみたかった。興味本位だが、みんな大変だったんだと知れば、不安や焦りが何となく和らぐ気がした▼大学入試センター試験が目前である。本紙デジタル版の特集ページに「がんばれ!受験生」というコーナーがある。各界の著名人が10代の頃を振り返りながら、今年の受験生に助言をしている。それぞれの悩みや迷いの経験、そして失敗談に励まされる生徒もいるだろう▼作家の綿矢(わたや)りささんは受験前夜、ホテルの部屋で眠れなくなり、気がついたら空の浴槽に横たわっていた。慣れないベッドのせいと思い込み奇行に及んでしまったらしい。母親にみつかり、「あんた、何してんの」と一喝されて我に返ったという▼「もう、大学なんか行く必要ないですよ」。元ライブドア社長の堀江貴文(たかふみ)さんが大胆にいう。故郷はつまらない。脱出したい。受験の最大の動機だった。いまはネットで誰とでもつながれるし、勉強もできる。生まれた場所は関係ない。いまの若い子がうらやましい、と▼考えは人それぞれだし、受験生にもそれぞれの思いがあろう。もはやこの時期、かけるべき言葉は多くはない。くれぐれも風邪など引かぬよう。


上記太字の堀江氏(ホリエモン)の発言は額面どおり受け取るととんでもないことになる危険性があるのですが、「つかみ」は抜群なのでちょっと考えてみたいと思います(堀江氏へのインタビューはこちら↓)
http://www.asahi.com/edu/center-exam/ganbare/ASG1854KSG18UEHF007.html

さて、「大学に行く」ということには、大学生の身分を得る、教室で講義を聴いたり、ゼミに参加して議論する、実験・実習をする、あるいは友人と遊ぶなど、いろいろな意味が含まれています。一方、堀江氏が「行く」といっているのは、インタビュー記事を見ると、「やりたい勉強は、ユーチューブの動画見ればいいし、気になる人がいたら、ネットを通して弟子入りだってできる。」という観点からのようです。

確かに、最近は有名大学の講義がネット上も公開されていますし、レポートを出せば単位を取得できるようになっています。大学での活動の意義の多くは、ネット上で代替できるようになっています。しかし、それは講義や議論(の一部)が代替されるだけであって、「大学に行く」ことが不要になるかどうかの決定的要素ではありません。
堀江氏の発言は、一部の場面のみに適用可能な命題になりますね。

少なくとも今年の受験生は、4年後には人的なつながりや和を重視する企業文化に馴染む必要がある状況でしょうから、リアルな世界での大学に入学し、社会に出るための訓練をした方がよいと思います。

これから2か月、悲喜こもごもな季節になりますが、体調に注意して、実力を発揮してほしいと思います。

Posted on 2014/01/14 Tue. 10:52 [edit]

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早稲田大学で研究会を始めます 

研究室の庵主は、午前中は登校し、午後から早稲田大学で研究会の打ち合わせに出かけました。

甲府は寒さ最大限でした。
今日の風景はコチラ↓
DSC00200.jpg

早稲田は研究室のある梨大と違って、さすが東京の有名私大でした。なんせ大きいです。
法学部の研究室のある建物からの風景はコチラ↓
DSC00204.jpg

3月からは早稲田大学で月1のペースでの研究会が始まります。法学系の人ってこういう方法でも研究しているのです。

Posted on 2014/01/10 Fri. 23:54 [edit]

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職業人の養成機関なのか 

研究室の庵主は、甲府の寒さにも負けず、無事に登校しています。

昨日は甲府盆地の平野部では雨降りでしたが、山の方では雪だったようで、研究室からの景色も少し降雪のあとが見えています。
今日の「研究室の窓から」はコチラ↓
20140109風景

今朝の朝日新聞朝刊の教育欄の特集「教育2014 世界は 日本は」第8回“職業への「出口」”という記事を読んで、納得行く部分もあったので、取り上げておきたいと思います(この記事の一部だけならネット上でも無料で読めました。http://www.asahi.com/articles/ASFDZ5T5KFDZULFA00R.html)。

記事の趣旨は、ドイツ・韓国・日本における企業と教育機関の連携の実情を取り上げていました。ドイツのデュアルシステムという職業学校のシステム(労働政策研究・研修機構による詳しい説明があります。→ http://www.jil.go.jp/foreign/labor_system/2009_6/german_01.htm)は庵主も以前に聞いたことがあり、さすがドイツと思った記憶があります。一方、韓国や現在のドイツでは特定の企業との連携が進んでいると報じています。

この記事に関連して、金沢工業大学の谷さんという産学連携推進部長は、「企業は社員をじっくり育てる体力がなくなり大学に期待するようになった」として、同大学での取り組みを説明されています。また、法政大学の児美川先生はコメントとして、「採用は働き方の転換、正規と非正規の差別解消など、社会のグランドデザインをまず描き、中長期的に社会を変えないと、出口問題(庵主:ミスマッチその他の就職時の諸問題のこと)は解決できないのではないか。雇用という社会問題を、教育問題にすりかえてはならない」とされています。

大学にいると、学生や受験生、それにご父兄の最大の関心事が就職であることはいろいろな局面で感じます。その一方、少なくとも文系では、職業教育というものは大学教育の主流ではありません。

元企業出身の法学系教員のお話を伺うと、企業実務(多くは教員の経験した実務)に即した講義を行うように努めているとされる方も多いですし、学生の理解しやすいネタを探す苦労も一緒にお話しされます。また、学外の企業の方からは、実務に即した法学の講義をすべきだと(気軽に)おっしゃる方も少なくありません。

しかし、企業実務家(元実務家を含む)による講義・演習は、必ずしも学生に実務スキルを身につけさせたり、向上させたりするものではないので、職業教育とはイコールではありません。特に庵主の専門の法学領域では、庵主の経験則からすると、企業や職種によって要求される法律知識や法的スキルは異なるものであり、職業教育をすることは決して容易ではありません(この点法科大学院のようい一定の職業に就くことを前提としたところでは可能でしょう)。

これに対し、ある意味真逆なのですが、大学における教養教育の再評価もなされているようです。国際的な交渉や要人との交際のためには、語る手段(語学)だけでなく、語る内容(教養)も重要であるという考え方です。大学の文系学部では、こちらの方が伝統もあり、可能性が高いと思われます。

庵主は、上の谷さんと違って辛辣な言い方をしますが、「一部の有名企業は社員を自社でゆっくり育てる気がなく、大学に押し付けるようになった」と思っています。このような企業-こまったことに声だけは大きかったりします-の言うことを聞いて、行政や大学が右往左往すると、ロクなことはないと思っています。

ただ、されど就職というところが、弱いところなんです。

Posted on 2014/01/09 Thu. 13:44 [edit]

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借財を返さないと、牛に生まれ変わります。 

三賀日は過ぎましたが、研究室の庵主はまだ奈良にいます。来週から甲府です。

この正月に読んだものの中に、「水木しげるの日本霊異記 [四]牛になった話」『怪vol.40』(KADOKAWA、2013年)57頁があります。

庵主が零号から継続購入している『怪』。最新号の表紙はこちら↓
http://www.kadokawa.co.jp/product/201108000151/より
201108000151.jpg

この作品は、奈良時代薬師寺の沙門である景戒が著した日本霊異記(正式名称:日本国現報善悪霊異記)の中巻第15、第32の説話をベースに、妖怪漫画家(あるいは漫画家妖怪?)の水木しげる先生が書いたものです。
話の筋は、子供の物を勝手に使った母親(第15)、寺から借財をした男(第32)が返済しないまま死んだ後、牛に転生し、返済の代わりに使役されていたところ、旅の聖(第15)や壇越(第32)の夢でのお告げによって明らかになるというものです。

この一群の説話は人気があり、新潟大学人文学部日本文化履修コースの2007年の卒業生である小野綾さんという人も出挙と絡めて卒業論文を書いているようです(www.human.niigata-u.ac.jp/wp-content/...grad/graduate07-history.pdf‎)。

庵主も、企業時代に債権回収業務をやっていたこともあり、この2話を含む牛への転生説話について昔から興味がありました。なぜ借りたお金を返さなければいけないのかということについて、民法的には当事者の意思に根拠を求めることが多く、また学生にはそのような趣旨の説明をしているのですが、いまひとつ納得がいかない部分がありました。

第15の末に次のような一節があります(角川文庫版1957年「日本霊異記」より)。

まさに知るべし、債を負ひて償はずば、かの報無きにあらず。あに敢えて忘れめや。所以に成実論に云はく「若し人、債を負ひて償はずは、牛羊、麞鹿、驢馬中に堕ちて、その宿債を償ふ」というは、それこれを謂ふなり。


これの方がなぜか返済しなきゃって感じになるのではないでしょうか?

Posted on 2014/01/04 Sat. 21:45 [edit]

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謹賀新年 お伊勢参り(気分だけ) 

新年明けましておめでとうございます。

研究室の庵主は、今週は奈良の実家で過ごし、地域の氏神様への初詣やら、神戸の産土様へのお参りやら、お墓参りやら、奈良の一宮である大神神社への初詣やら、信心な生活を送っています。

お伊勢様まではお参りできませんが、気分だけのお参りです。
20140101伊勢気分

遠くに霞んでるのは若草山。@暗峠奈良街道

Posted on 2014/01/01 Wed. 16:17 [edit]

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2014-01