お寺でお札売りをする予定です 

今朝は一段と寒かったですね。寒い中、風邪気味の研究室の庵主は朝から登校しています。


昨日の天気予報では、この冬一番の寒さになるようなことを言っていました。
研究室から見える山々も白さが少しずつ増しています。

今朝の様子はコチラ↓
20131129景色

今週、甲府の古刹である塩澤寺のご住職とお話をして、2月にあるお祭り「厄除け地蔵尊大祭」の際に、庵主はお札売りのお手伝いをすることになりました。具体的なお手伝い内容は年明けに打ち合わせる予定で、決まっていないことが多いのですが、思いついたときに告知させていただきます。

 塩澤寺HPでのお祭り紹介→ http://www.entakuji.jp/yakujizousan.htm

 富士の国やまなし観光ネット(http://www.ykyk.jp/kofu/event/yakujizou.html)に
 掲載されているお祭りの様子↓ 
entakuji_yakujizou[1]

大学関係のある知人によると「地方国立大学の教員は地元の名士扱いをしてもらえるよ」とのことでした。しかし、まだ1年、もう1年なのか分かりませんが、庵主にはこの名士感が全くありません。
確かに県民何とかカレッジで講演する機会もありましたが、このような地域のお祭りに参加させてもらう方が嬉しかったりします。

明日は京都の下鴨で京都大学時代の先生を囲む会が開かれるので、今日中に関西に移動します。
関西の方が今日は寒いらしいので、ちょいっと心配です。
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Posted on 2013/11/29 Fri. 10:38 [edit]

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非?特定秘密保持法はやっぱり嫌だな 

研究室の庵主は、雑用と会議(これも雑用かな?)があるので午前中から登校しています。

昨夜、衆議院本会議でいわゆる「特定秘密保護法案」が可決されました。この法律自体は、我々の業界でいうところの「公法」という分類に属すると思われるので、私法専門の庵主としては不用意な発言は控えてきました。ただ、今朝の新聞で修正案全文が出ていたので、それを見ながら、やっぱり嫌だなと思ったので、記事にすることにしました。

東京新聞のTokyo Webにも全文が出ています。URLはこちら↓
http://www.tokyo-np.co.jp/feature/himitsuhogo/zenbun.html

この法律案の問題点や懸念となる点は、既に報道されていますので、大事な事項ではありますが、あえてそれは省略します。それ以外の点として、2点ばかり、庵主が嫌だなと思っている点を指摘してみたいと思います。

第1点は、組織は自己防衛のために秘密を作りたがるという点です。
庵主も企業という組織にいたので感じるのですが、組織には本当に秘密というものも存在しますし、これは国や政府でも同様だと思います。しかし、組織や組織の長は、自らの地位の確保や組織の維持目的、メンバー間の共感維持・高揚、あるいは第三者との有利な交渉のために、秘密かどうか疑問なものを秘密と言い張ることがあります。

今回の法律案では安全保障に関する情報保護といいながら(第1条)、秘密を指定できる官署はほぼすべてであり(第2条の行政機関)、しかも5年間に秘密指定がない官署を除く(附則第2条)とされており、各部署こぞって秘密を指定するように動機付けています。上記の組織の特質とこの法律案から、秘密は際限なく広がるおそれがあります。

民主主義では表現の自由とそれに資する取材・報道の自由が重要とされていますが、その前提となる公開原則が曖昧なまま、例外である秘密保護を先に、そして急いで決めようとする政権は、国民をどこに連れて行くつもりなのか不安で仕方ありません。

第2点は、秘密を取り扱う者への身辺調査(第12条2項。法律案では「適性評価」といいます。オブラートに包まれていますね・・・)のところに定められている調査対象事項についてです。
調査対象事項の1つめは、特定有害行為(外患行為のようなものかな)とテロリズムとの関係に関する事項として、家族の情報が入っています。これも問題なのですが、もっと気になったものとして、テロリズムの定義があります。法律案はこの定義を次のとおり規定しています。

政治上その他の主義主張に基づき、国家若しくは他人にこれを強要し、又は社会に不安若しくは恐怖を与える目的で人を殺傷し、又は重要な施設その他の物を破壊するための活動をいう。


この比較として、旧・治安維持法では、「国体を変革し又は私有財産制度を否認することを目的」とする結社や行動を規制していました。旧・治安維持法が共産主義・社会主義だけでなく、政府に批判的な人たちや批判ともとれる発言をした人までをも弾圧する方法として利用されてきたと言われていることを考えると、上記のテロリズムも規定にも危うさを感じてしまいます。たとえば、暴力による革命思想はないものの、現政権に批判的な人たちが(政治上の立場)、政権を批判する集会を街頭で開催していたところ、やってきた反対派の人たちといざこざを起こした(通行人が不安になった=社会に不安を与える目的?)ところ、反対派がけがをした(人を殺傷)っていうのは、どうでしょう。
かなり拡大解釈できそうな懸念=嫌な感じがします。

基本的人権を尊重する立場から、かつ、法律案の案文を利用させてもらい、庵主なりに定義するとすると、次のようになるかもしれません。比較してもらえるとありがたいです。

政治上その他の主義主張に基づき、他人に強いてこれに従うようにさせる目的で、人を殺傷し、又は暴行もしくは脅迫し、あるいは重要な財産を侵害する活動をいう。


いずれにせよ、現在の政権与党の中心メンバーは、非嫡出子の相続分のゴタゴタや今回の法案の進め方を見ると、西側先進国の共通とされる民主主義を共有する気があるのでしょうか。それよりアジアの某大国の統治思想と共通する方が多いのではないかと疑念をもったりします。

Posted on 2013/11/27 Wed. 14:09 [edit]

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甲府のノラ-猫編4号 

ここは甲府の隣町なのに、何写真撮っているにゃ。

ノラ4号

庵主は結局週末2日とも登校してしまいました。
講義の準備と研究会の報告準備で精神的余裕が実はありません。

Posted on 2013/11/25 Mon. 13:49 [edit]

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南アルプス市の穂見神社の風習について考えた 

今日は雑用があるので、研究室の庵主は昼から大学に登校しています。

今朝の朝日新聞山梨版に高尾山穂見神社(南アルプス市高尾に鎮座)の興味ある風習が出ていました。

記事の写真はコチラ↓
穂見神社記事2

デジタル版にも記事が出ていないかったので、記事の一部を抜き出してみなした。次のとおりです。

 商売繁盛・家内安全の元手となる資本金を神社から借りるという「資本金貸し」が22日、南アルプス市にある高尾山穂見神社の夜祭りで開かれた。
 元々は神社から借りた人が翌年、倍にして返すという風習。「100万円でお願いします」「200万円で」と景気のいい声が境内に飛び交う。実際は100万円は千円のことで、2千円を添えて神社に申し込むと、「一金百萬円」と印刷されたお札と千円札1枚が資本金として戻される。4千円を渡し、200万円を申し込むと弐百萬円のお札に2千円・・・・これって「倍返し」じゃなくて、神社側の「半返し」じゃないのか-。
 穂見神社総代長の穂坂勇さんによると、昔は実際に100円借りて、翌年に200円返しに来る習わしだったが、しだいに借りるけど返しにこなくなったという。「終戦後だね。神社が損をしていまうから、今の形になった」


民事法専門の庵主としては非常に興味ある風習です。
元々は、実際の貸し借りが行われたということから、寺社金融(有名なのは大名貸しをしていた和歌山の熊野本宮ですね)の名残ともいえます。また、利率は年率100%だともいえ、そうすると利息制限法(明治10年太政官布告66号の旧利息制限法ですね。最高利率年利15%)なんて、全く関係ない世界ですが、貸し稲などでは、別段非常識な利率ではなかったようですので、その影響もあるかもしれません。
いづれにせよ、以前は金銭の貸借をベースにしていた(法律上保護される契約かどうかは別です)ことは間違いないようです。

現在の風習はどうでしょう?
ご祈祷済みの千円札を2千円で購入か。あるいは、ご祈祷済み千円札と千円札を交換し、その上お賽銭1千円で、そうすると交換+贈与か。そもそもお賽銭って贈与なのか?お願いをしてお賽銭を差し上げるなら、委任なのか?確かお金には個性はないと教科書には書いているが、ご祈祷を受けた紙幣は普通の紙幣と区別できるのか?などなど考え出すといろいろな論点が出てきそうです。

ただ、こんなことを考えるのは、法律屋の無粋なところなのでしょう。
神事なのですから。。。

Posted on 2013/11/23 Sat. 13:51 [edit]

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現代中国敬老の思想-改正中国刑法の実験 <再録№3> 

昨日は終日明治大学の図書館に籠っていましたが、今日は朝からちゃんと登校しています。

それでは、3回目の再録をさせてもらいます。

現代中国敬老の思想-改正中国刑法の実験

 昨年のこのコラムで「王杖の特権-齢七十、刑を免ず」という雑文を書いた。この雑文で、古代中国では、70歳以上(時代によって75歳や80歳もあり)の高齢者は、敬老の思想から、一部の重大犯罪を除いて、刑に処せられなかったこと、その一方現代中国では日本と同様に高齢者にこのような特権がないことを紹介した。

 ところが、この2月25日に中国の全人代で刑法改正案が可決され、その改正の中に75歳以上の高齢者に対して死刑適用を原則行わないなどの規定が盛り込まれた。比較法的にも興味を引く素材であろうが、その点は刑法研究者にお任せするとして、このコラムでは改正までの簡単な動きや議論を紹介したいと思っている。

 改正案が最初に人々の耳目に触れたのは、昨年2010年8月23日に全人代常務委員会に草案が提出され、パブリック・オピニオンに供されてからである。同草案では、主要な改正点が8つあったが、そのうちの一つが、高齢者に対する特別の保護であった。すなわち、高齢者への刑罰適用に関し、1)満75歳以上の高齢者の犯罪が執行猶予の要件に該当すれば、執行猶予(緩刑)を付すべきこと、2)満75歳の高齢者が故意犯の場合、減刑することができること、3)満75歳以上の高齢者が過失犯の場合、減刑すべきこと、4)満75歳以上の高齢者には死刑を適用しないことが提案された。

 草案の死刑不適用に対して、各方面から多くの議論が巻き起こった。たとえば、中国の伝統的な敬老精神と人権保護からは70歳以上に対し死刑を適用すべきでないとする積極的な意見から、人民を誤った方向に導くや中国は高齢化社会となっており、高齢者であっても凶悪犯罪を犯すおそれがあるので、一律の死刑適用除外はこのような犯罪の増加を招くとの反対意見まで、公式・非公式を問わず、百出状況だったとのことである。

 12月に開催された常務委員会で、上記草案は「裁判時に満75歳以上の者には、死刑を適用しない。ただし、特に残忍な手段によって被害者を死に至らしめた場合は除く。(49条2項)」と修正された。人民日報(2010年12月21付け人民網日本語版)によると、中国の専門家は、この修正案に関し、高齢者に対する人道主義精神を体現すると同時に、複雑この上ない社会の現実も配慮したものだと認識しているとのことである。その後、修正案どおり通過し、同日主席令41号として公布され、本年5月1日から施行される。

 ところで、高齢者に死刑を適用しない理論的な根拠は、人道主義だけで説明がつくのだろうか。日本の法学徒的には責任軽減なのか、あるいは処罰条件なのかといろいろ考えてみたくもなる。それとも端的に不思議の国、中国で解決してしまおうか。

 現在中国の高齢化は急速に進んでおり、20年後には日本を追い抜くといわれている。今回の中国刑法の実験がどのような成果を生むのか注目してゆきたい。

2011年3月7日脱稿


この再録の前に、中国(中華人民共和国)のその後の状況をちょっと調べてみました。中国では正確な死刑判決や執行に関する統計がなく、高齢者の執行免除の状況について議論があるかなと思って、調べてみましたが、法律成立後はほとんど議論らしいものはないようでした。

「上に政策あれば、下に対策あり」といわれる中国ですが、法律が成立してしまうと中国人は急速に熱が冷めるのでしょうか。
実はこのあたりは、大阪人も似たところがあるようです。庵主の企業時代のある先輩は「東京の企業は法律案にはいろいろ主張するが、決まれば守る。関西の企業は、法律案には主張はしないが、その間に抜け道を含めた対応を検討する。」と言っていました。恐るべしですね。

これで再録は終了です・・・
なお、別の1篇はこちらに再録しています。 http://blog.goo.ne.jp/osakabl2012/d/20131029

Posted on 2013/11/21 Thu. 12:35 [edit]

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王杖の特権――齢七十、刑を免ず <再録№2> 

研究室の庵主は、昼から東京へ出るため、ちょっとだけ早めの登校です。

昨日の記事に引き続き、栄光総合法律事務所の旧ホームページに掲載していた雑文の再録をします。

王杖の特権――齢七十、刑を免ず

 今回はネタがない。そこで、たまたま読んでいた中国法制史の教科書から興味を引いた王杖という制度について、紹介かたがた、思いつくことを書きつらねてゆきたい。

 王杖とは、皇帝が70歳以上の高齢者に対しての尊敬を表すため、鳩の飾りの付いた杖を下賜する制度があったところ、この杖あるいは制度自体のことをいう。高齢者に対してこのような杖を下賜することは、『礼記』にも見え、西周時代にすでにあったとされるが、その制度化・法制化は前漢時代になされたことが知れられている。前漢時代の制度の内容は、公式の史書である『漢書』にも断片的に伝えられているが、20世紀に入り甘粛省武威市の磨嘴子漢墓から、『王杖十簡』および『王杖詔書令册』と呼ばれる木簡類が、王杖の現物とともに発見されたことによって大きく研究が進んだといわれる。
 
 王杖を賜った高齢者(王杖主)には、刑事免責特権、王杖主に対する犯罪行為への加重処罰、免租特権などが定められていた。このうち刑事免責特権の例として、前漢初期の恵帝(在位:紀元前195年-188年)の詔では、70才以上および10才未満の者は罪を犯した場合でも刑罰を免除するとされ、また、前漢末期の成帝(在位:紀元前33年-7年)の詔では、70才以上の者は、殺人罪・傷害罪の首謀者でなければ、罪に問われることはないとされている。これに対し、同じく前漢時代でも、『礼記』の記載に従い、刑事免責年齢が80才以上とされた時期もあった。そのため前漢時代における高齢者の刑事免責は、王杖主に対する侮辱・暴行などの行為を不道罪(君主に対する呪詛、謀反、巫蟲その他広範な範囲の反国家的犯罪行為が含まれる。)として、晒しを伴う死刑(棄市)とする加重処罰規定と異なり、王杖下賜の直接的な効果とは捉えることはできない。しかし、成帝期の詔令を伝える上記『王杖詔書令册』第1簡に「年七十以上、人に尊敬されるところなり(年七十以上、人所尊敬也。)」とあることからも窺い知ることができるように、儒教思想における尊老の考え方に免責の根拠を求めることが一般的である。

 一方、日本の現行刑法には、「14歳に満たない者の行為は、罰しない」(刑法41条)という刑事免責規定がある。この免責の根拠は、刑事処罰の前提である責任能力を欠くと説明されている。高齢者であるというだけの理由で刑事処罰を免除されるという規定は、日本の近代刑法上に存在しない(これは現行の中華人民共和国刑法でも同じ)。

 仮に現在の日本で高齢者に刑事免責を認めるとどうなるか。70才以上の人口(平成21年12月現在の推計値。政府統計より)は2,071万人となっており、年少者も含め約3割の人々が罪を犯しても刑事処罰を受けないという、不可思議な状況になる。かつてマスコミで「ちょい悪オヤジ」が話題となったことがあるが、ちょい悪では済まなくなるかもしれない。

 現代の日本において、世論からも、刑法理論からも、高齢者に対し刑事免責特権を認めることはできない。しかし、敬老思想の重視を国家が社会に示す方法として、刑事免責とは興味深いものである。かの時代であれば、その効果は尚更であったろう。日本でも敬老思想を重視するならば、メッセージ性の強い社会制度を打ち出す必要があることを教えてくれる制度である。

参考文献:曽憲義主編『中国法制史(3版)』(中国人民大学出版社、北京、2009年)
       野原泰嘉「儒教における老いの思想」福祉と人間科学2号39頁(2001年)

2010年6月15日脱稿


 この記事を書いた後、2011年5月から75歳以上の高齢者に対し原則として死刑を執行しないという改正中華人民共和国刑法が施行されています。実際の状況などは、次回の再録時(明日は終日東京なので、11月21日を予定)までに確認したいと思います。

Posted on 2013/11/19 Tue. 08:52 [edit]

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閻魔法廷 <再録№1> 

研究室の庵主は朝からバリウムを飲んだので、体が重いです。

さて、庵主が参加している大阪の研究会で毎月の会場を提供して頂いている栄光総合法律事務所さんのホームページに、庵主は研究会の一人としてエッセイを(義務感ありで)書いていたことがあります。ところが、ホームページにリニューアルした時にこれらが消されてしまいました。
ほとんど雑文なのですが、データの底なし沼に沈めておくのも気になるので、そのいくつかを順番に再録させて頂きたいと思います。

閻魔法廷

昨年のこのコラムでは、「あの世」の話をした。
その際、殺人をなぜいけないのかについて、「人を殺すと罰があたるよ。呪われるよ。」と子供達に説明しているという鎌田東二氏の発言を紹介させて頂いた。もうひとつ、古くから子供達、あるいは大人達をも恐れさせたものは、悪いことをすると、死んでから閻魔様によって地獄に送られ、耐え難い責め苦を受けるという考えである。
今回は、この考え方のうち、多少なりとも法的な視点から眺めることができる「閻魔法廷」のことを考えてみたいと思う。

閻魔王を含む冥界の10人の王により亡者が生前の行いに応じて処断される考え方は、唐の時代に中国で成立し、平安時代に日本に伝えられたとされる。その後日本では、閻魔王が冥界の王の中でも中心的な地位を占めるようになり、他の9人の王様の名前は知らずとも、閻魔大王を知っている人は多いであろう。

さて、語られている閻魔法廷とはどのようなものなのか。平安時代末に日本で偽撰された「仏説地蔵菩薩発心因縁十王経」(『国譯一切経印度撰述部大集部五』(大東出版社版))を参考にしながら、大まかに見て行こう。
まず、亡者が閻魔王の下に到着するのは、五七日つまり死後35日目である。
閻魔法廷のある城の門の左右には、亡者の人となりを見通す黒闇天女と泰山府君の頭部を据えた檀荼幢(だんだどう)があり、その所見は閻魔王に奏上される。閻魔王は、人間に常に随身する二柱の同生神(倶生神)が記録した生前の善悪所業を記載した帳簿を見ながら、亡者を尋問するが、亡者は自らの罪を認めようとはしない。
そこで、閻魔王は、獄卒に命じ、亡者の髪の毛を引っ張り、城内の光明王院の中庭にある鏡台の前に引き据える。この鏡台の鏡は「浄頗梨鏡」といい、同生神の帳簿と檀荼幢の所見に基づいて、亡者の生前の全ての所業をありのままに映し出すことができるのである。亡者は、その鏡に映ったおのれの所業を見て驚き、そして自らの罪業を悔いるのである。

閻魔法廷の特徴を現代の視点から見てみよう。
まず、捜査・告発から裁判まで、閻魔王とその配下により行われており、いわゆる糺問主義型となっている点である。亡者の人権(?)擁護の観点からは問題あるものの、弾劾主義を知らない当時の刑事手続からはやむを得ず、閻魔法廷の今後の課題である。
一方、閻魔王が亡者の自白を重視していない点は注目される。また、これに関連して、閻魔法廷では、少々荒っぽい扱いはあるものの、拷問等による自白強要が行われていない。
もちろん亡者は自らの悪行を最初から自白するはずはなく、また、浄頗梨鏡のような秘密兵器を持つ閻魔法廷では、真実を明らかにする上で、亡者の自白を重視する必然性がなく、また、悔悟に裏打ちされない自白を強要する必要もないのであろう。しかし、現代にまで続く、自白重視の考え方がとられていない点は新鮮な思いがする。

このような閻魔法廷に対し、布教活動の一環として、仏の慈悲を説くことに目的がある空想上の産物であると切り捨てることは簡単である。しかし、閻魔法廷が有する、罪を犯した本人が自ら悔い改めることを根本思想については、空想がどうかに関係なく、現代の刑事裁判にも活かすことができるかもしれない。

2007年10月24日脱稿



庵主はこの秋、山の辺の道にある長岳寺で地獄絵の絵解きを聞いてきました。気分新たな再録です。

長岳寺さんの地獄絵はコチラ↓ 閻魔王さんです。
http://www.chogakuji.or.jp/bunkazai/zigokue/zigokue.htmlより
長岳寺

Posted on 2013/11/18 Mon. 13:49 [edit]

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寺社仏閣でのマイ・ルール(今日は大神神社だ編) 

研究室の庵主は昨日から奈良の実家に戻っています。
今日は、朝から親を連れて、桜井にある大神神社に月参りに行ってきました。

今日の二の鳥居前。こんな感じ↓ 七五三の子供たちで賑わっていました。
20131116大神神社

一方、拝殿前では、全国酒まつりが開催されており、振る舞い酒や一升瓶の展示がされていました。

一升瓶の展示場はこんな感じ↓ 神杉の近くです。
2013酒まつり

研究室のある山梨のお酒があるかは、見たけれど、分かりませんでした。
庵主はドライバーだったので、振る舞い酒も遠慮しております。

庵主の実家の月参りコースは、拝殿お参り→神杉→狭井神社(ご霊水も頂きます)で、関係ある摂社・末社にもお参りしています。
そのあと、平等寺というお寺(元の大三輪寺)にお参りするのですが、その途中で大和国中の平穏を確認しております。

耳成山の遠景↓ 遠くには葛城山も見えています。
2013耳成山

ところで、こう書きながら、庵主は法律のことを最近ブログ記事にしていないことに気づきました。そこで法律ではないのですが、とってつけたように、寺社の写真を撮る場合のマイ・ルール(個人の決まり)を書いておきたいと思います。

庵主は何か教材があれば、写真をとるため、コンパクトカメラをいつもぶら下げているのですが、何かの折に寺社の写真を撮る場合があります(もちろん教材ではありません)。
その時にも次のようなルールがあります。
①神様・仏様にお断りをする(仁義を切る)。
②原則として本殿(神社)や本堂(寺)は撮影しない。
③本殿・本堂を撮影する場合は、少し離れて、内部がはっきり映らないようにする。

これは別に神罰・仏罰を恐れてということではなく、普通の人でも自分の家を勝手に写真に撮られるとイヤですよね。それを考えれば、当たり前の対応だと自画自賛しています。

したがって、その寺社と直接関係のない写真は、境内でもマイ・ルールの適用はしていません。
たとえば、コチラ↓ 猫と下駄(@三輪山平等寺)
猫と下駄

Posted on 2013/11/16 Sat. 17:09 [edit]

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甲府から名古屋まで高速バスで移動しました 

研究室の庵主は、お休みをとって奈良の実家に帰るところです。
以前ここで「山梨県民は南に向かう」として、JRの経路のお話を書きましたが、今回は高速バスで名古屋まで行きました。今日は簡単な旅行記を書いてみました。

高速バス↓ 山梨交通のバスです。
DSC00125.jpg

高速バスは甲府昭和ICから中央道を一路西に向かう、のではなく、釜無川(富士川)の河岸段丘を北西に向かいます。すぐに、八ヶ岳方面が見えてくるのですが、今日はあいにくの
天気で麓だけです。

八ヶ岳方面↓ 雨模様でいまひとつ。
DSC00126.jpg

名古屋行の高速バスも、大阪・京都行の高速バスも、山梨県内では小淵沢まで乗車扱いをしています。

中央道小淵沢バス停↓ 今日も乗車されました。
DSC00127.jpg

長野県内に入って、少しすると諏訪湖が見えてきます。山梨交通はぶっ飛ばしますが、大阪・京都行の近鉄の高速バスは諏訪湖SAに休憩停車するので、諏訪湖を見ることができます。

諏訪湖↓ ぶっ飛ばすバスからなので、これもいまひとつ。
DSC00135.jpg

名古屋行き唯一の休憩停車は、駒ケ根SAです。ここは、いつもなら景色がよいところなのですが、今日は雨で台無しです。

空木岳方面↓ 全く何も見えません・・・
DSC00139.jpg

恵那トンネルを超えると岐阜県に入ります。降車扱いは昼神温泉から始まっていますが、誰も降りる人はいませんでした。

恵那トンネルを出たところ↓ 雨が落ち着いてきたので少しきれいに撮れています。
DSC00142.jpg

岐阜(東濃)、愛知と高速道沿いのありがちな風景を見ながら、バスは爆走します。
中央道から名古屋高速に入って走るうちに、雨もあがり、やがて名駅の高速ビル群が見えてきました。もうすぐ終点名古屋駅です。

かすむ名駅↓
DSC00145.jpg

4時間弱、片道4500円(正規運賃)の旅でした。

Posted on 2013/11/15 Fri. 13:40 [edit]

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小泉元首相が扇動者に思えてならないのですが 

研究室のある甲府は今日も寒いです。
庵主のやせ我慢も限界に達し、コートを着て登校しました。

研究室の窓から見える南アルプス(間ノ岳方面と思われる・・・土地勘ないので、自信なし)は、先週あたりから山頂付近は白かったのですが、ここ数日で白さが増したようです。

今日の午前中の様子↓
 20131113風景

ここ数日、小泉元首相の”脱原発”発言がニュースになっています。
昨日は日本記者クラブで7年ぶりかの記者会見を行ったと報じられています。

たとえば、時事通信の報道は↓ 
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201311/2013111200485&g=socより

 小泉純一郎元首相は12日午後、日本記者クラブで会見し、原子力利用について「即ゼロがいい」と述べ、直ちに「原発ゼロ」を目指すべきだとの考えを表明した。小泉氏は、安倍内閣の支持率が高いことなどを理由に、「安倍晋三首相が決断すればできる。こんな恵まれた時期はない。ピンチをチャンスに変える権力を首相は持っている。分かってほしい」と首相に決断を促した。
 脱原発に関して首相は「無責任」としており、原子力利用を進めていく立場を堅持している。しかし、首相の「政治の師」である小泉氏の発言で、エネルギー政策の転換を求める声が勢いづきそうだ。
 小泉氏は「原発ゼロという方針を政治が出せば必ず知恵ある人がいい案を作ってくれる。専門家の知恵を借り、その結論を尊重して進めるべきだ」と主張。「首相の力は絶大だから、首相が『ゼロにしよう』と言えば、そんなに反対は出ない。首相の在任中にこの方向を出した方がいい」と語った。原発再稼働にも反対する考えを示した。
 小泉氏は、原発から出る放射性廃棄物の最終処分が技術的には可能でも、受け入れ先がないと指摘。「核のごみの最終処分場のめどを付けられると思う方が楽観的で無責任過ぎる」と重ねて訴えた。
 小泉氏の発言に対し、菅義偉官房長官は12日の記者会見で「政府としては責任あるエネルギー政策を推進することが極めて大事だ」と述べ、原発維持の方針を強調。自民党の細田博之幹事長代行は「一石を投じていることは評価するが、正しくない結論ではないか」と苦言を呈した。公明党の石井啓一政調会長は「目指す方向は変わらないが、即時ゼロは現実的なハードルも高い」と指摘した。



小泉さんという人は、他の論者も言っている通り、一点突破力があり、周囲を巻き込みながら進んでゆかれているようなので、きっと天性の政治家なのでしょう。
庵主は小泉さんと個人的な付き合いがないので(当たり前か・・・)、その人となりは分かりません。ただ、以前から小泉さんの手法に引っかかりがありました。その手法とは、敵を明示し、その敵を悪と煽ることによって、自らが正義であるかの如く誤解(?)させる、善悪二元説的な手法です。小泉さんが首相時代につるし上げた敵の代表は郵政一家でしたね。

この手法は選挙対策としては有効なのでしょうが、指導者の手法としは「禁じ手」ではないかと考えています。
社会は善悪二元で成り立っているわけではなく、単純に二元化するのも問題ですし、それより社会に無用な敵愾心や対立を生み、寛容さを失う危険性があります。その意味で、小泉さんは扇動者になる危険性があると思えてならないのです。
今回の脱原発論の騒動については、小泉さんの主張に正論だと思う部分も多いのですが、少し懐疑的に見てしまいます。

庵主が専門としている民法では正解が必ずしも一つでないことも多く、ある問題の解決策やあるべき規律は、相対的に何が合理的か、説得的かなどを考えて、解を求めてゆきます。学生に考えさせるときも、いろいろな見方があり、意見があることを気づかせるように配慮しているつもりです。
まあ、こんな学問をかじっているから、小泉的手法に違和感があるのかもしれませんね。

ところで、関西から離れると、小泉的手法をよくとっていた、大阪市長の報道をほとんど見ないのですが、どうしているのでしょう。

Posted on 2013/11/13 Wed. 14:24 [edit]

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山梨県民は南に向かう 

研究室の庵主は、広島修道大学での開催される学会に参加するため、午前中から広島へ向かっています。
道中の紅葉も急速に進んでいます。

小淵沢付近から南アルプスはこんな感じ↓
DSC00109.jpg

木曽福島付近の木曾谷はこんな感じ↓
2013木曽谷

DSC00116.jpg

ところで、甲府近辺から京都・大阪などの関西方面に向かう方法としては、車や高速バスもありますが、JRを使うとすると、次の3つになります。
1つめ 身延線で富士まで行き、静岡から新幹線
2つめ 中央東線、横浜線を経由して、新横浜から新幹線
3つめ 中央東線で塩尻まで行き、中央西線に乗り換えて、名古屋から新幹線
インターネットで路線検索をしても、これら3つのルートがヒットします。

2つめの新横浜ルートは時間的には早く、本数も多いのですが、交通費2000円近く高めです。1つめの身延線ルートと3つめの塩尻ルートは、時間も交通費もほぼ同じ、塩尻ルートの方が、少し本数が多いというところです。

大学の出張旅費の計算上は、2つめの身延線ルートですし、山梨県出身の職員さんにどうやって京都や名古屋へ行くかと聞いても、身延線ルートかあるいは新横浜ルートだよと答えが返ってきます。
前出の職員さんに、どうして塩尻ルートは使わないのかと追加で聞いたところ、甲府より寒い場所に行くなんて、との回答でした。いったん北にあがるので、遠回りの気分になるようです(実際はJRの営業キロも大差なし)。

一方、甲府のはずれにある前職の会社の関係先にしばしば行っていた当時の同僚(関西人)に聞くと、身延線は本数も少ないし、夜も早いので、会議を打ち切ったり、夜の宴会を失礼なく断ったりするのに便利だったとのこと。山梨県民も身延線ルートをネガティブに評価していてもおかしくないのですが・・・

甲府に来て感じることですが、山梨県民は基本的に東(東京)と南(静岡)しか見ていないようです。地方都市が東京を見ているのは仕方なしとしても、南を見ているのはなぜでしょう?

富士川(山梨県内では釜無川)が南流しているからなのか、富士山の頂上の帰属をめぐって論争があるからなのか、その昔煮貝の原料が静岡から来たからなのか。

にわか県民の庵主としても、おいおい探って行きたいと思います。

Posted on 2013/11/08 Fri. 15:18 [edit]

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法学にパワポはどうよ? 

三連休を奈良で過ごした庵主も無事甲府に帰ってきました。
木曽路も甲州・信濃路もそろそろ紅葉が始まっており、甲府ももうすぐ紅葉かもしれません。

山梨・長野の県境あたりの紅葉しかかりの風景。中央東線旧線(鉄橋部分)から八ヶ岳方面↓
八ヶ岳遠景
あずさ号の車窓からなので少しぶれています。

甲府に戻って、今年開講初年度の講義用パワーポイント(パワポ)資料を作っているのですが、プレゼン用とされるパワポが果たして法学の学習にとって有効なのかいつも疑問に思っていながらの作業です。
庵主の経験則的にいうと・・・
1.初学者・一般市民の方にとっては、切り替わりやアニメーションがあって分かりやすいかもしれない。
2.資料に掲載できる情報量が限られているので、学説や判例の細かい部分は口頭または別資料で解説しなければならず、不便。
3.聞いた方が分かった気になることがあるので、1回きりの話ならば効果的かもしれない。
4.法学では数値データ、グラフの使用が少ないので、ソフトの効果が十分に生かせない。

ということで、庵主としてはネガティブです。しかし、企業時代に新任法務担当者向け外部研修でなかなか導入しなかったところ、パワポを使えとアンケートに書かれたりしたこともあり、徐々に使っています。今回の講義は、2年生向けの会社法で、かつ、法学部生向けではないので、上記1を優先してやはりパワポを使っています。

準備は手間なんですけどね・・・

Posted on 2013/11/05 Tue. 15:50 [edit]

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日本残酷物語から学んだ 

研究室の庵主は、オープンキャンパスが終わったあと、連休を利用して奈良の実家に戻っています。

昨日の日本経済新聞朝刊1面の無記名コラム「春秋」で懐かしい本のタイトルを見つけました。
日経電子版に出ていたコラムをそのまま転載させてもらいました。

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日経電子版 http://www.nikkei.com/article/DGXDZO62033180S3A101C1MM8000/ より

 本と「目が合う」ことがある。書店の棚に並ぶおびただしい数のそのなかから、なぜかある一冊に引き寄せられて手に取り、やがて夢中になっていくのだ。たとえば学生のころに場末の古本屋で平凡社版「日本残酷物語」に出合い、以後しばらく没頭したのを思い出す。

▼タイトルは異様だが、これは日本が貧しかった時代の生活誌だ。民俗学者の宮本常一や作家の山本周五郎が編集に携わり、無告の人々の労苦を描いて1960年代に広く読まれた。その後も珍しくない古書だったが最近は見かけなくなった。と思っていたら、先日、神田古本まつりの青空市に箱入りの全7巻が並んでいた。

▼新しい読み手を得て、こういう本もまた新たな価値を持つに違いない。時代をかるく飛び越え、きっとだれかの胸を打つだろうから書物とは不思議なものである。そうやって親しんだあの本この本が収まる書架を眺めやれば、忘れていた一冊と目が合って読みなおす仕儀となる。そこには再発見があり、古い栞(しおり)も懐かしい。

▼「日本残酷物語」はのちに5巻分が復刊されたが、やはり古書は違う、半世紀前のクロス装や帯、それに各巻の月報まで存在感抜群だといえばデジタル本が勃興する世にあって笑われようか。4日まで開かれる古本まつりへの出品は100万冊という。心の糧がひしめきあって人を待つ、読書文化ゆたかな国の幸福だろう。

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庵主が持っている『日本残酷物語』は1970年代初頭に平凡社から復刻された第2版(5部本)です。

第1巻・第2巻の表紙はこちら↓ ちょっとフラッシュが反射しています・・・
DSC00103.jpg

庵主がこの本を何度も繰り返して読んだのは、高校生から大学生にかけての頃だったと思います。そのころの日本はいわゆるバブル景気の前後で、この本に出てくるような生活はほとんど目に触れることはありませんでした。
ほんの数十年前まで先祖たちがいかに苦労して生きてきたのか、そして現在の日本社会があるのかを考えさせられるものでしたし、宮本常一をはじめとする民俗学の泰斗の著作に興味を開かせてもらった、貴重な書籍です。

興味深いエピソードの中に、日本住吸血虫の被害とそれに立ち向かった人々の話があります。
その舞台の一つが、甲府盆地の底部(中央市や昭和町など)だったのですが、その本を読んでから何十年もたってから自らが住むとは思いませんでした。
また、明治期の東京三大貧民窟のエピソードも、その後庵主はひとつである四谷鮫河橋の近くに住む機会があり、思い出したことがあります。

社会人になると仕事関係以外の本を読む時間が無くなってくるのですが、それだけでは日々つまらないですね。

Posted on 2013/11/03 Sun. 20:53 [edit]

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梨甲祭とオープンキャンパス、そして神戸学院大学 

研究室の庵主は、学部のオープンキャンパス&進学相談会があったので今日も登校しています。
学内では学園祭が本格的に始まりました。

お客さんの出足の悪い午前中の様子↓
学園祭20131103

庵主は学校のことをまだ良くわかっていないので(とずーと言っている)、受付作業や設営・撤収に注力してしまいました。
庵主の学科は、何をやっている学科なのかイメージが掴みにくいようで、参加者は多くありません。同じ学部の先生からもイメージ湧かないと言われているくらいですから、学外の方の認知度は低いんですね。

と、記事を書いているときに、神戸学院大学が脅迫状が届いたとして、明日の学園祭を中止するとの記事をネットで見ました。http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/domestic/intimidation/ の記事は次のとおりです。

神戸学院大(神戸市西区)は1日、2~4日に予定していた大学祭のうち、4日の開催を見送ると発表した。同大によると、同大有瀬キャンパスで「4日の大学祭を中止しなければ、(実行委の)会長、副会長に制裁が下る」など記載された手紙が見つかったため。この日は、有瀬キャンパスで俳優のトークショーなどが予定されていた。同大はトークショーのチケットの代金を返金する。(産経新聞)

有瀬キャンパスは、昨年まで年1回でしたが、講演に行っていたので、なじみのあるところです。
大学の告知も実行委員会の告知も「大学の都合で」中止だそうです、すっきりしませんが、昨今のご時世を考えると仕方ないですね。


Posted on 2013/11/02 Sat. 12:33 [edit]

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誰のための教育再生なのか? 

研究室のある山梨大学(甲府キャンパス)では、今日から3日間学園祭が開催されます。
朝に仮装行列は出発したらしいのですが、模擬店などのお祭りのお約束装置はこれからのようです。

西キャンパスの南門から見た状況↓
2013学園祭

さて、今朝の新聞を見ていると、政府の教育再生実行会議が大学入試改革の提言を安倍首相に提出したという記事が出ていました。提言本文をあまり見る気も起きていないのですが、利害関係のある大学教員として本文くらいはちょっと見てみました。ちょっと気になったことをメモ的に書いておきたいとおもいます。

提言の本文PDFはこちら↓
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kyouikusaisei/pdf/dai3_1.pdf

まずはじめにのところですが、「教育再生は、個人の能力を最大限引き出し、一人一人が国家社会の形成者として社会に貢献し責任を果たしながら自己実現を図り、より良い人生を生きられる手立てを提供するという教育の機能が十分果たせるようにする改革です。」とあります。
「国家社会」なんですね。しかも、「社会に貢献し責任を果たしながら自己実現を図り、より良い人生を」云々なんです。国民あるいは個人を第一に尊重するという考え方には立っていないようです。
さらに、「大学のグローバル化の遅れは危機的状況にあります。」とか「我が国の大学を絶えざる挑戦と創造の場へと再生することは、日本が再び世界の中で競争力を高め、輝きを取り戻す「日本再生」のための大きな柱の一つです。」だそうです・・・

項目としては、教育環境のグローバル化、新事業(これをイノベーションと言っている!)の創出のための教育・研究環境づくり、教育機能の強化、社会人の学びなおし、大学の経営基盤の強化が項目建てされて、具体的な提言があげられています。
それぞれの項目に細かい突っ込みどころは散見されるのですが、各論的には同意できるとこともあります。今回の庵主としては、「総論賛成、各論反対」とは逆の、「総論反対、一部各論賛成」というとことでしょうか。

ところで、庵主が今朝見ていた新聞(いつもどおり日経と朝日)で見出しになっていたセンター試験に代わる新しい試験や人物本位の入試云々は、提言本文ではほとんふれられておらず、今後の検討課題になっています。
新聞でも負担増となる大学・高校からの反発も予想されるとしていますが、試験場所を提供する大学では、講義のスケジュールが影響受けるだけでなく、教員の研究時間もその分減ることになります。指摘があるように高校では
カリキュラム自体に影響があるおそれがあるのでしょう。

最後に人物本位=面接試験ですが、研究室のある学科では、もともと定員が少ないため、教員・職員が無理をすれば可能なのかもしれませんが、千人単位で受験生がいる大学では、受験生全員を面接するなど実施困難だと思われます。となると、何かの基準で門前払いし、面接受験生の数を減らすことになります。
机上の議論としか思えません。

Posted on 2013/11/01 Fri. 11:46 [edit]

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2013-11