御岳金櫻神社の大々神楽を参観してきました。 

昨日土曜日に以前にお話しした御岳参詣道を再興しようというグループの方に誘われて、御岳金櫻神社で催される大々神楽を参観してきました。今回は春の大祭(土曜日は前日祭、日曜が本番だったようです)。

境内から御岳の里はコチラ↓ 山里ではちょうどサクラが盛りでした。
20170422金櫻1

次第としては、まず一連の神事が行われた後(ここで地固めも場の清めも行われました)、いよいよお神楽の開始です。

まずは、さまざまの神様による舞が行われました。

戸隠の神
20170422金櫻2
天鈿女命
20170422金櫻3
御崎の神
20170422金櫻4

このあたりから演者さんの都合があって演目の順番が少し聞いていたのと変わってきました。

遍幣の舞? 道教・陰陽道の地固め「返閇」が訛ったものかもしれません。
20170422金櫻5

さらに、剣舞、四弓と続きました。いずれも清めの意味があるのでしょうか?
20170422金櫻6
20170422金櫻7

四弓で使用された矢の矢羽には「交通安全」とか「家内安全」との祈願文と一緒にお守りがついており、これを観客に向けて射っていました(実際はほとんど飛ばず・・・)。魔よけの弓の場合、弦で音を鳴らすことが行われるので、実際に射るっていうのは初めて見ましたが、あとで少し調べてみるとあちらこちらで行われているようですね。

金櫻神社では、神使が白狐と狼とされているそうです。このあたりも複合的な信仰の来歴を感じます。

で、お神楽では白狐の舞が行われます。狼に関する舞はあるのかしらん。
20170422金櫻8

この後、一番物語性があると思われるる稲田姫と大蛇が舞われ、クシナダヒメの持つ巻物をめぐる争いが演じられました。
20170422金櫻9

一旦は巻物を大蛇に奪われますが、スサノオ(?)によって取り戻され、クシナダヒメとスサノオは仲良く退場です。
20170422金櫻10

そして演目の最後は、大山祇が舞われ(過去の写真を見てもこの舞が最後のようです)、お餅撒に突入し、無事に大々神楽が終了に相成りました。所要時間は昼休憩を入れて、約4時間でした。
20170422金櫻11
20170422金櫻12

保存会のみなさんお疲れ様でした。
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Posted on 2017/04/23 Sun. 15:51 [edit]

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御岳参詣道は復活するのか 

今年度の業務はほぼ終了したと思ったら、来週は新学年が始まります。

今朝の南アルプスの様子はコチラ↓ 昨日までお山では雪が降っていました。
20170328風景

昨日は、同僚の先生のご厚意で、甲府の北西部にある常説寺(甲斐市吉沢)金櫻神社(甲府市御岳町)でのヒアリングに同行させてもらいました。全く専門外なのですが・・・

常説寺は匿名でしたが、このブログでも過去にとりあげたことがあります。
甲府地裁平成民事裁判例の紹介(4)-平成20年10月10日判決」  http://nashidaina414.blog.fc2.com/blog-entry-245.html

このお寺には、承久の変(1221年)に関与した順徳上皇ゆかりの輿が寺宝として保管されています。寺伝によると、順徳上皇が承久の変の事後処理として佐渡に流罪になったおり、山梨の御岳(金峰山)に奉幣使を出し、その使者がここまで乗ってきた輿とのことです。

輿の近影はコチラ↓ 重要文化財になっているとのことです。
白輿

この常説寺の裏山から尾根伝いに金櫻神社、そして黒平(くろべら)、水晶峠を経て金峰山・金櫻神社奥宮につながる参詣道があり(現在は「吉沢ルート」と通称されています。)、江戸時代まではさかんに利用されていたそうです。



上の地図の中心点あたりに金櫻神社の一の鳥居があり、そこから尾根道に入っていました。国土地理院の地形図上でも破線の道が記載されています。

ところが、この一の鳥居は1800年代には既に倒壊していたそうです。その後、地中に埋まっていた石材を使用し、移築再建されています。

移築再建された一の鳥居はコチラ↓ 敷島総合公園にあります。
御岳一の鳥居

常説寺の住職の高橋栄斉師は、この一の鳥居の現地での再建、参詣道の復活を考えておられるそうです。

そのためには、いくつものハードルがあるようです。途中で出た話としては、次のようなものがあります。
1.吉沢のスタート地点から金峰山までの距離が長いこと
 公共交通機関や自家用車での参詣道への取り付きが必要となる。
 ほとんどの金峰山登山客は大弛峠(おおたるみとうげ)を起点として登山している。
 行政やバス・タクシー会社の協力が不可欠。
2.参詣道としてのストーリー性をどのように描くか 
 金櫻神社、金峰山はパワースポットとして単体で多くの参詣客・登山客を集めている。
 途中の昇仙峡は最近人気がいまひとつ。
 地域一体となったストーリーが必要。

今年の夏には、金峰山登拝も企画されているそうです。後日談は機会があれば・・・

Posted on 2017/03/28 Tue. 16:30 [edit]

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義民・島田富重郎の墓所に行き当たりました 

センター試験を週末に控え、何かと落ち着かない大学です。
先週末には雪が積もったものの、その後は晴天が続いております。週末に雪予報が出ていないことが、山梨県内の受験生にとっても、運営する側にとっても何よりです。

今朝の南アルプスの様子はコチラ↓ 快晴です。
20170111風景

先週末の雪が降る前に、大学の裏山を散策してきました。
コースは、積翠寺バス停→要害山(要害山城跡)→深草観音→石堂峠→鬼山→大蔵経寺山→JR石和温泉駅の約5時間コースでした。大蔵経寺山の山の由来は、平地に下ったところに大蔵経寺というお寺があることです。この大蔵経寺には、明治初年の「 大小切騒動 」において、その責任者のひとりとして処刑された島田富重郎のお墓があったので、ご挨拶をしてきました。

島田富重郎さんのお墓はコチラ↓ 香華を持っていないかったので、申し訳ありません。
島田富重郎

結構日本史好きの庵主なのですが、山梨に着任するまで、大小切騒動というのは聞いたことがありませんでした。

大小切騒動とは、現在の山梨県下の幕府直轄領で江戸時代以来行われていた「大小切」と呼ばれる金納を組み込んだ税制を、地租の全国統一と財源の確保を狙った明治政府が廃止したことに反対する農民たちによって、明治5年(1872年)8月に起きた強訴事件をいいます。

事件の概略は、wikipediaにも出ているので、割愛します。
wikipediaの該当記事はURL https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%B0%8F%E5%88%87%E9%A8%92%E5%8B%95

ちょっと個人メモとして、大小切という税制の詳細はさまざまだったようで、高島緑雄 「『大小切租法』起源の再検討 」駿台史学6号(1956年)77頁から江戸時代の税制の記述を抜き出しておきます。

「大小切租法」の基本形は、田畑貢租(本途見取共) の総額を三分し、その一を「小切」と称して金納、残額2/3を「大切」と云って古くは現物米納であったが、後に(この聞の年代は不明)現物米納の「大切」をさらに三分して、その一を「大切金納」と称し、御張紙直段をもつて金納せしめ、「大切」の残額2/3 を米納とした方式である。<中略> 3/9である小切金納および2/9の大切金納は、それぞれ一定の換算値をもつて金納される~ <中略> 時期による米価の騰貴、変動によつて換算値が変化することなく一定の値が保たれていたことを考えれば、農村内部に貢租の一部を金納化する条件が成立しているかぎりにおいて、この租法の有利性を推察し得る。


また、機会があれば、言及したいと思います。

Posted on 2017/01/11 Wed. 16:33 [edit]

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山梨には「無尽」が残っているよ(メモ後編)  

今日の甲府は寒風吹きすさび、寒い一日になっています。

研究室の窓からの今朝の南アルプスの様子はコチラ↓ お山の雲も風にあおられ・・・
20161215風景

さて、山梨の「無尽」メモの続きです。

大学で加入している判例検索システムで、「無尽」をキーワードにして、判例を検索してみました。
そのうち、「無尽」の中身に触れている判決は、わずか2件だったので、その内容をメモしておきたいと思います。これらの「無尽」は前回触れたいわゆる「取り無尽」です。

●甲府地判昭和31・7・17下級民集7・7・1943
「本件講会は訴外Mの営業資金を得る目的で昭和二十八年四月十六日発起されたもので会長を被控訴人とし、会員は被控訴人及び控訴人外十四名、一口の掛金額は一万円、総口数十七口、会式は親子総割制、開会日は同年四月十六日、同月二十七日、同年五月以降は毎月二十七日とし、落札は入札と口せりより決め、落札金は落札者が会員一名の保証の下に会長に対し金銭消費貸借契約証書を差入れ、講員の掛金若しくは掛戻金不払の場合における講金の取立は業務執行者たる会長がこれをなす約旨のもとに組織された無尽講であること」が認めれる。

●甲府地判昭和27・10・14下級民集3・10・1453
本件講会は、「訴外Dが発起人となり一口の掛金額五千円、総口数十八口の親子総割制による無尽講を設立し昭和二十四年二月一日を第一回として爾後逐次講会を開催し入札の方法で講金受領者を定めたこと」については控訴人は争っておらず、また証拠等によると「訴外Dの訴外Mに対する取引上の負債約十万円を償却することに出発したが結局講員相互間の資金の融通をなすことを目的として設立されたもので、会長、施主を定め会長は責任を以てその業務を処理し施主は会長の補助者として掛金、掛戻金の徴収落札金の交付講会の招集、準備等の事務に従事したことを肯認するに十分である」。

いくつか意味がはっきりしない言葉もあるのですが、それは後日しらべておくとしましょう。

メモの最後に、今年公表された「金融リテラシー調査」の結果です。週刊朝日の記事を引用しておきます(https://dot.asahi.com/wa/2016090900054.html。リンク切れ御免)。

 今、全国の地方銀行幹部から注目されている資料がある。日本人のお金に関する知識や判断力を、初めて公的・大規模に調べた「金融リテラシー調査」だ。結果を見ると、金融知識の高さや低さ、投資意欲の強さや弱さなど、お金にまつわる地域性が浮かび上がる。その調査で特に衝撃を与えたのが、山梨だ。その理由を東日本の分析とともに見てみよう。
 「都道府県別データが豊富で、地銀の営業戦略策定にも生かせる内容です。データの質と量ともに充実していて海外からも注目され、英訳作業を進めています」
 こう胸を張るのは、日本銀行の川村憲章・金融知識普及グループ長。地域の人口構成に合わせた18~79歳の2万5千人を対象にしたネット調査で、「金融広報中央委員会」(日銀が事務局で、政府や自治体で組織)が6月に結果をまとめた。
 ねらいは日本人のお金の知識や意識をつかみ、今後の金融教育に生かすこと。調査結果に一番驚いたのは山梨の金融関係者だろう。「人生の3大費用は何か」「金利が上がると債券価格はどうなる」など、正誤問題の正答率が全国最下位。おまけに、金融トラブルを経験した人の比率が全国で最高。「金融知識が低いとトラブルにあいやすい」との傾向の典型例になった。
 <中略>
 『出身県でわかる人の性格』の著者で、出版プロデューサーの岩中祥史氏(65)。山梨の知識の低さの背景には、当地で受け継がれる金銭の互助組織「無尽」があると指摘する。
 「金融機関ではなく、地域や職場に広がる無尽の仲間を頼りにする意識があります。金融商品の知識がなくても、仲間の強いつながりでやっていける風土です」
 確かに、山梨の消費者ローン利用者の比率は全国で下から2番目。では、なぜ金融トラブルが多いのか。
 「普段は無尽頼みで金融知識が低いだけに、たまに金融機関などと接点を持つとトラブルになりやすいのかもしれません」(岩中氏)
<中略>
『ビジネスの9割は「県民性」でうまくいく』の著者で、経営コンサルタントの矢野新一氏(67)は、
<中略>
冒頭の山梨の結果について、岩中氏と同じく「無尽」の影響力を指摘した。
「ゴルフの無尽など、今は金銭的な結びつきばかりではないが、影響は依然大きい。居酒屋に『無尽歓迎』と書かれ、選挙の当落は入っている無尽の数で決まると言われるほどです」
 全国最下位の金融知識は、郷土を愛する人の結びつきの裏返しかもしれない。




Posted on 2016/12/16 Fri. 14:55 [edit]

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山梨には「無尽」が残っているよ(メモ前編) 

研究室のある甲府も寒い日が続きなかなか活動的になれない研究室の庵主であります。

研究室の窓から見える今朝の南アルプスの様子はコチラ↓ 冠雪部分が広がったような・・・
20161215風景

さて、行きつけの散髪屋の兄ちゃん(純山梨県人)と、散髪をしてもらっている間に、山梨の「 無尽(むじん) 」について、少し話をする機会があったので、備忘録としてブログを残しておきたいと思います。

法律を専門としている者にとって、「無尽」は一種の民間金融で、現在のように銀行の発達していなかった近代以前の制度という印象がありました。高校時代の日本史の教科書などにも、「無尽」と「頼母子(たのもし)」という用語がセットで出てきた記憶があります。

法律学用語の辞典を見てみると、無尽の内容を次のように説明しています。

「一定の口数を定めて、加入者を集め、定期に各口につき一定額の出資(掛金)をさせ、その毎回の出資金から1口ごとに抽選又は入札により金銭又は物品を給付し、順次にすべての口にこれを及ぼす契約。庶民間の金融手段として古くから行われた。<以下略>」(我妻榮代表編集『新法律学辞典[新版]』(有斐閣、1967年)1164頁)


「『無尽』とは関東で用いられる言葉であって、関西では頼母子(たのもし)もしくは頼母子講というのが普通である。この種の契約が成立する事情は、多くの場合次の通りである。甲が金5万円をいま必要としているが一人でそれだけ用立ててくれるものがいないときに、友人・知人の間を説き、1回5,000円払い、11回で完了する旨の無尽を組織する。この組織が終わると甲は自宅で最初の講会を開き、そこに集まった人をもてなすとともに、各自の醵出した掛け金の全額を取得する。彼はその結果、金5,000円を醵出して55,000円を入手したことになるのだから、結局所要の金額を手に入れる。その代わりに彼はその後無尽の世話人(『親』もしくは『講親』)になり、次の10回にわたって講会を開き、各講員をその講会に出席させるとともに、約定の掛金をその都度払い込ませ、各講会ごとに55,000円の講金が集まるようにしなければならない。他方この講金の処分方法は約定により定まるが、通常は講員に入札させ、最低の価額を付けたものにその申出金額を交付し、残余を講金の未受領者(見取口者)間で分配する。この種の行為が11回無事に終了すれば無尽は満回によって解散する。<以下略>」(末川博代表編集『民事法学辞典(下)』(有斐閣、1959年)1979頁)


ところが、山梨ではこの「無尽」という言葉・習俗が残っています。
散髪の兄ちゃんだけでなく、他の山梨県民に聞いてみても、民間金融というより、宴会や旅行を通じた懇親の集まりを「無尽」と言っているとのことです。前者を「 飲み無尽 」、後者を「 旅行無尽 」とか言ったりするそうです。これらの無尽では、費用の積み立てを行うことはあっても、お金の融通ということは行わないとのことです。

「飲み無尽」については、県内の飲食店でも「無尽」を承りますと書いてあることが少なくありません。

大学近くの中華料理屋の看板はコチラ↓ 無尽と宴会が並列ですね。
<無尽

一方で、数は少ないとのことでしたが、「 取り無尽 」と言って、お金のやりとりが行われるものもあるそうです。散髪屋の兄ちゃんも「取り無尽」には入っていないそうで、詳しい仕組みは分からないとのことでした。

(つづく)

Posted on 2016/12/15 Thu. 12:40 [edit]

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