平成29年度大学入試センター試験がはじまります。 

今日から2日間の日程で、大学入試センター試験が行われます。

研究室の庵主は、今年も本部要員なので、7時前には登校し、もうすぐお仕事が始まります。

今朝の南アルプスの様子はコチラ↓ 朝焼けです。
20160114風景

北日本では大雪になっているようですが、甲府は幸いにも雪が積もっていません。

受験生には、日ごろの実力をいかんなく発揮されることを祈念します。

なお、試験に関連する事項は、ツイートしたり、アップしたりできないので、悪しからず。

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Posted on 2017/01/14 Sat. 07:10 [edit]

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留年について-京都大学カウンセリングルームの呼びかけ 

ここ数日甲府は朝夕も過ごしやすい日和です。

雲に覆われている本日の南アルプスの風景はコチラ↓ お山はもうすぐ冬景色でしょう。
20161019風景

昨日、Twitterをのぞいていたらいたところ、京都大学学生総合支援センター・カウンセリングルールのウェブサイトの留年についてという記事が一部で話題になっていました。

URLはコチラ↓
https://www.gssc.kyoto-u.ac.jp/counsel/ryunen.html

かく言う庵主も大学を5年かけて卒業したので、はてさてどんなことが書かれているのか、興味をもって読んだ次第です。論調としては、「大学留年・中退≠順調な人生の破綻・挫折」、ということでした。最近の京大生はこんなことを深刻に悩んでいるのかと思いつつ、記事を引用をさせてもらいながら、簡単に紹介したいと思います。なお、カウンセリングルームによる記事であり、学生の精神的な支援に目的があることは、承知しておく必要があります。

まず、記事は、留年一般について、大学では高校までとは違って、少なくない学生が留年していることを指摘し、その理由が大学というシステムにあるとしています。京都大学でも約2割の学生が留年しているとしたうえで、

これだけの数の人が留年したり、退学したりするということは、留年や退学は、単に個人の失敗としてのみ捉えられるべきものではないということです。つまり、現在の日本の社会において大学というシステムは、一定数の留年や退学を生み出すようにできているものなのだということです。
 そこには、大学入学に至るまでの進路相談やキャリア教育の体制、大学の入試のあり方、カリキュラムのあり方、修学支援体制、転学科・転学部制度、編入学制度、大学での進路相談やキャリア教育の体制、企業の採用のあり方など、数多くの要因が多重に関与しています。
』 


上記のような理解に立った上で、不本意に留年してしまった場合には、留年を繰り返すおそれがあるとし、その要因として、次の6つをあげています。

(1)留年を家族や友人に隠そうとする
(2)一挙に挽回しようとする
(3)日々の楽しみを自分に与えない
(4)卒業しなければ生きていけないと考える
(5)時期尚早に「来年からがんばろう」と考える
(6)自分は他の学生より明確に劣っていると考える


これらの要因から、繰り返しの留年にスパイラルに陥らないための方策をあげています。たとえば、朝に出かける習慣をつけようだとか、学内のネットを使って大学の情報とつながろうだとか、普通の生活をしようといった提案です。この提案を見る限り、かなり精神的に参っている学生に向けた記事のようにも見えます。

記事の最後には、「留年・中退というキャリア」との見出しで、冷静に自らの人生を考えてもらう提案をしています。少し長目に引用をしてみたいと思います。

 もしあなたが「留年したら終わりだ」とか「中退したら破滅だ」とか、悲壮な思いで考えているとしたら、冷静になって欲しいと思います。全国平均で、大学を中退する人は入学生の1割ぐらいいます。つまり、毎年、おおよそ5万人の大学中退者が生み出されているのです。留年する人も2割ほどいます。  <中略>
 留年中の人は、中退してしまったら就活で不利になると恐れている人もいるかもしれません。たしかに、企業の採用方針の狭量さゆえに、現在のところそういう現実があることは残念ながら否定できません。調査では、大学中退者は、全体として非正規雇用就労者の割合が高いということが示されています。調査からは他にもさまざまな面で大学中退者の困難な就労状況が読み取れます。 <中略>
 しかし、そうした不条理な現状を踏まえた上で、だからといって中退したら人生が終わりだとか、破滅だとかいうわけでは決してないということにも目を向ける必要があります。 <中略> 著名人に限らず、当たり前に普通に働いてこの社会を支えている大学中退者はいくらでもいるのです。留年経験者なら、なおのこと、たくさんいます。

 <中略> でも、正直に言えば大学生活に意味を感じられず、退学したいし、その方がいいんじゃないかと思っているけれども、退学したら「人生破滅」だという恐怖のイメージから、やはり退学はできないという考えに傾いている人もいるかもしれません。自分には合っていない、やめたい、という心の声がしても、いったん始めたことを途中でやめるのは意気地なしだとか負け犬だとかいう考えのために、その心の声に耳をふさいでいる人もいるかもしれません。期待してくれている親やお世話になってきた先生に申し訳ないという思いから、どうしても退学は口にできないと考えている人もいるかもしれません。
 続けるという選択を支えている根拠の大きな部分が、やめられないという理由にあるのなら、一度、やめるという選択肢を落ち着いて現実的に考えてみてはどうでしょうか。大学をやめてできることを考えてみましょう。胸の奥やお腹の底から聞こえてくる心の声にじっくり耳を傾けてみましょう。そういう作業を十分に経た上で、やっぱり続けるという選択になる場合もあるでしょう。その場合でも、やめるという選択肢を検討することは無駄ではないはずです。やめるという選択肢を十分に検討することで、続けるという選択は、より積極的で能動的なものになることでしょう。
 みなさんの人生の時間は有限であり、貴重なものです。みなさんが有意義な決断をされることを願います。日本の社会の現状において、こうした判断は誰にとっても難しいものです。人生の岐路において、絶対に失敗のない完璧な決断などありえません。迷って当たり前、たじろいで当たり前です。必要ならば一緒に考えていきましょう。それとともに、大学における進路変更がより自由に安心してできるような社会をみんなで実現していきたいものです。
』 


研究室の庵主が卒業した法学部では、旧司法試験の時代でもあって、約3割の学生が留年していました(留年1回では終わらず、2回や3回というのざらでした)。これらの留年は、上記の記事と異なり、不本意な留年ではないということになります。もちろん同級生の中には、単純な単位不足による留年者(庵主もこれに近い!!)もいました。

確かに彼・彼女は今何をしているんだと、庵主の同窓生の間でも情報のない人や極めて情報の少ない人はいます。しかし、不本意な留年=ドロップアウトとなっていないことは、庵主の経験からも断言できます。長い人生を想像してみましょう。

ただし、地方国立大学で教員をしていると、留年しても大丈夫だよ、と簡単に言えない事情があります。それは、学生(あるいは親)の経済問題です。実家の経済事情から自宅通学できる地方国立大学を選択したという学生が毎年少なからず入学しています。

京都大学の指摘するように留年が大学や社会というシステムに起因する必然ならば、これらの学生たちが勉学を続けるという選択肢を確保できる社会にしてゆくことを求めてゆきたいと考えています。

Posted on 2016/10/19 Wed. 12:37 [edit]

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法科大学院の先行き-法学関係者の懸念 

ゴールデンウイークからなかなか本調子に戻らない研究室の庵主です。

今朝の研究室の窓からの南アルプスはコチラ↓ 数日ぶりの快晴です。
20160512風景

さて、今日は朝刊各紙(といっても日経新聞と朝日新聞しか見ていませんが・・・)の社会面に法科大学院の志願者が1万人を割り、また入学者も過去最低となってとの記事が出ていました。

日経新聞の記事はコチラ↓ 一般紙の朝日新聞より大きかったので日経を載せました。
法科大学院記事

以前このブログで、もし本務校の学生が法曹になりたい、法科大学院に行きたいと言い出したらどうするかという記事を書いた記憶があります。その後、いくつもの法科大学院が募集を停止し、また庵主も昨年には法科大学院の非常勤講師で出講し、生ローの雰囲気を感じたというような状況の変化があるなかで、法科大学院問題に追い打ちをかけるショッキングな記事となっています。一方、庵主の本務校では、幸か不幸かその後現在に至るまで、そのようなことを言いだす学生はおらず、庵主は目先の業務に追われる日々を過ごすことができています。

かつては司法試験志願者が3万人~5万人法学部生の記念受験のための志願者を含む)だったと記憶しています。
今回バイパスである予備試験の出願者が1.2万人(法務省HPより http://www.moj.go.jp/content/001183140.pdf)だったことを考えると、司法試験制度が引き続いて深刻な状況にあるといえるでしょう。

この原因については、いろいろな分析がされており、ここでは改めて書くことはしません。

そこそこ長期間社会人をやっていた経験からだけいうと、①法科大学院制度は小手先の変更-記事にもある適性試験を任意にするとかしないとか-では、改善しない、②解決策は、法科大学院の教員たちがそれぞれ持っている、③各教員が持っている解決策を妨げる何者かが存在するような気がします。

法科大学院の教員の方々からも情報を収集してゆきたいとおもいます。
<日時未定だけど、一応つづく>

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【考えていること】
5/15土曜日に登校しているので、数年前から考えていることをメモしておきます。
1)法科大学院は法曹資格取得者が実務を学ぶところにする
 ⇒裁判官・検察官・弁護士になりたい人は、法曹資格取得後に法科大学院を修了しなければならないとする。
 ⇒履修期間は2年間か。
 ⇒司法修習所のありかたも併せて見直す。
2)法曹資格の試験は法学部卒業レベルのものとする
 ⇒法曹資格試験は法曹倫理・憲法・民法・刑法を試験科目とする。商法、行政法、倒産法、労働法、知財法なども選択科目として入れてもよいか。
 ⇒資格試験なので定員は定めない。
 ⇒大学3年~4年生あたりで受験することを想定する。

 


Posted on 2016/05/12 Thu. 16:29 [edit]

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祝ノーベル賞受賞-大村智先生、梶田隆章先生 

研究室のある甲府も朝夕の冷え込みがつらくなってきました。
大学の講義は始まっているので、庵主も早起きをする日があり、布団の暖かさとの戦いの日々が始まります。

今朝の研究室の窓からの南アルプスはコチラ↓ 秋晴れです。
20151007風景

さて、ノベール賞の2日連続受賞で、日本国内は沸き立っています。
山梨大学でも、医学・生理学賞を受賞した大村智先生が、本学旧学芸学部(現・教育人間科学部)出身ということもあって、昨日などは県内のメディアが集まっていました。

メディア上は、ポジティブな話しか出てこないので、今日は同僚から出た本音のところを、順不同で、記録を含めてメモしておきましょう。

●50代・理系教授
大村先生は、山梨大学の助手をされていたようだが、その時代(1960年代)の理系学部の助手は、今と違って研究者扱いされず、ほとんど教授の使用人の扱いだったはず。大村先生はそんな環境が嫌になって北里研究所に移られたんだろうな。

●40代・理系准教授
大村先生は、梨大助手時代は決して恵まれていなかったはずなのに、梨大に毎年寄付をしてくれており、山梨や後進研究者に対する思いやりがある。頭が下がる。

●60代・理系教授
大村先生は、結果として大きな利益を上げる化合物を発見することができたが、その通ってきた道には、志なかばで、落伍していった研究者たちの屍が累々としていると思うよ。

●40代・理系准教授
大村先生は山梨大の学部の、梶田先生は埼玉大学の学部の出身であり、地方国立大は専門学校的な教育をしていれば良いともとられかねないお上の方針の間違いを指摘するためには良かった。


報道にあるように、大村先生にとっては山梨大学は、学部生として学生生活を過ごし、また研究テーマを得た場所ではあるのですが、ノーベル賞の対象となった研究には直接影響を与えていません。
大学の掲示にある「本学卒業生」というところにこの微妙な立ち位置があらわれています。

大学の掲示×2はコチラ↓ 卒業した小中高が出す祝意と同じレベルでしょうか。
20151007大学2

20151007大学2

Posted on 2015/10/07 Wed. 15:59 [edit]

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課外学習の学生の交通費に悩む 

研究室のある甲府は朝から良い天気が戻ってきました。

今朝の研究室の窓からの南アルプスはコチラ↓ お山も爽やかな雰囲気です。
20151002風景

今週月曜日と火曜日に学生たちを引率して、自然栽培を実践している八ヶ岳南麓ファームに行ってきました。
八ヶ岳南麓ファームのURLはコチラ→ http://yatsugatakenanroku.web.fc2.com/

見学の様子はコチラ↓ ナスと大豆の混栽です。
南麓ファーム1

見学の様子はコチラ2↓ 田んぼの自然栽培もあります。
南麓ファーム2

今回の見学は交通費の予算措置が上手くいったため、学生たちの負担なしに、甲府のキャンパスから現地(北杜市大泉町)まで行くことができました。
ところが、一般に課外の見学などでは、教員は出張扱いになるので交通費は出るのですが、学生は自己負担となるそうです。これは庵主が勤務する梨大のような国立大学だけでなく、私立大学でも同様だそうです。そのため、後援会費や同窓会費から援助してもらったり、いろいろな手を尽くしているそうです。

最近、京都の中堅私大法学部の先生と話をすると、法学部では法社会学のような分野を除いてフィールドワークを行うことがなかったということから、フィールドワークなどの課外学習に対する予算措置を従来から考えてきていなかったところ、最近では上の方(お役所のことです)も課外学習を求める傾向があって、費用負担をめぐって悩むことが多いそうです。

その先生は、課外学習の交通費を自己負担とすると、必ずしもすべての学生が経済的に余裕があるわけではなく、参加したいが、お金がないので参加できない学生が生じてしまうと嘆いておられました。

同僚とその話をすると、学生さんの傾向として、1000円程度までなら負担できるので、一定の参加者が見込めるが、それを超えると極端に参加者が減るとの教えてくれました。

庵主としては全額の大学負担とか、遠方交通費までも大学負担とできないかとは考えていません。梨大のような地方国立大学は原則各県に1校あり、「なわばり」も専ら所在県に限られるので、県内移動の交通費相当額を上限として補助が検討できないかなどと考えてしまいます。

受益者負担だから仕方ないとの考えもあるでしょうが、彼らの大部分は大学で学んだこと、感じたことを、社会に還元するのですから、どうとかならないかなと思っています。

Posted on 2015/10/02 Fri. 10:48 [edit]

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